足立リバーステーション 荒川への航路10㎞を開拓


令和3年7月28日(水)、木村、樫村親子、吉良、井坂、中島の6名が救助艇訓練日で荒川航路開拓を試みました。「あやせ丸2号艇」へ木村船長と樫村親子の3名が、「あやせ丸3号艇」へ中島船長と吉良、井坂の3名が分乗して、綾瀬川から荒川へ出る航路の開拓をしました。
閉門中の花畑水門

左岸船着場から救助艇で約30分、5㎞先に花畑川へ入る「綾瀬川水門」があり、今日は、閉じられていました。ここを横目に見て南へさらに5㎞下りました。途中の1か所、橋げたの低い橋があり、頭をぶつけないように注意してくぐり抜けました。右手に江北高校を望み、千代田線の鉄橋をくぐると小菅の東京拘置所が見えます。ここは、かつて関東郡代伊奈家の出城があった場所で、現在は立派な刑務所が出来ています。この辺りは、護岸工事と浚渫作業が集中的に行われていて、艀をすり抜けるスリルを味わいながら操船しました。

荒川の臨時船着場上陸

小菅の東京拘置所を右手に眺め、綾瀬排水機場を過ぎると京成線堀切橋を望みます。その手前の綾瀬川放水路の水門をくぐり荒川へ出ました。正午の時点で、綾瀬川の方が水位が高く荒川へ水が流れ込んでいました。荒川を1㎞遡ると左岸側に足立リバーステーションがあり、ここへ上陸しました。
リバーステーション


足立区の人たちは、緊急時の臨時船着場と呼んでいました。つまり、緊急時や災害時に臨時に利用する船着場と位置付けています。ここで、足立区のNPO法人「夢企画」三井会長や「水辺の会」金子事務局長と合流し、救助艇で荒川を視察しました。河川美化や荒川の水辺を活かした活動の在り方を話し合いました。満潮時にワンドでカヌー体験会も可能であろうなどと話し合いました。こうして、草加から10㎞南へ下り、荒川航路が新たに開拓されました。